コーヒーブレイク 友好の質

先日、トルコと日本のバレーの試合がありました。日本が勝利を収めましたが、やはりいつもトルコとのスポーツ対戦は両国とも複雑な気持ちにならざるを得ないですね。どちらかというと親善の意味合いが強くなります。

イランイラク戦争のときにフセインが「48時間後にイラン上空の航空機を全部撃ち落すぞ」とメディアを使って脅したことがあります。このときはイランにいた外国人は慌ててイランから脱出しようとパニック状態になったんですね。早く飛行機に乗って退去しないとイランから出られなくなる、という懸念が巻き起こったわけです。もちろん日本人も大勢駐留していましたが、どの飛行機にも満席で乗れない状態になってしまうんです。

日本政府の対応が遅れてしまい、いったいどうなるのかという不安のさなか、2機のトルコ旅客機がイランに到着するんですね。この飛行機が日本人215名を乗せて成田へ向かうんです。もう制限時間間際、あと1時間ほど遅れていたら脱出できなかったんですね。なぜトルコ政府が飛行機を準備したかというと、「明治時代の逸話」がトルコの国民のなかに染み込んでいるからなんです。
エルトゥールル号

明治二十三年九月に大きい台風が来ました。和歌山県の串本にある大島でトルコの軍艦が大破し600人が海に投げ出されたんです。樫野の村人たちは流れ着いたトルコ人を救護し69人を収容したんですが、ほとんど村人の分しかなかった食料を全て怪我人に与えました。もはや食料がない、卵を産ませるためのニワトリしか残っていない。その最後のニワトリもトルコ人に食べさせたんですね。

なんとかトルコ人たちは一命を取り留め、村人たちは多数の遺体を引き上げて丁重に葬りました。この事件を知った明治天皇は、早急に医者や看護婦の派遣をします。その後、生存者全員を軍艦「比叡」や「金剛」によってトルコに帰国させてあげたんですね。日本全国からも弔慰金が寄せられて、トルコの遭難者家族に届けられました。

トルコの人々は皆、小学校の歴史教科書で「エルトゥールル号遭難事件」を学んで知っているんですね。「日本人」というのは情の厚い民族であるということをこの事件で学んでいるわけです。しかし、イランのときの件では何故トルコ政府が飛行機を用意してくれたのか、その理由について日本政府はさっぱり分からなかったらしいんですね。後にトルコから「我々はエルトゥールル号を覚えている!」というメッセージが発せられ、日本政府はびっくりしたのです。

困ったときはお互い様、と昔からよく言いますが、援助の原動力の質が全く異なるわけです。このような事柄のなかに世界平和へのヒントが隠されているようにも思えます。このような根深い友好、「遺産」は大切に語り継いでいく必要があると思います。

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